人によって笑いのツボに違いが出る理由

笑いのツボは人それぞれ。
どうしてあの人は笑っているのに、自分は笑わないのか?
自分は面白いと思っているのに、あの人は笑わないのか?

年齢差
子供は脳機能や思考力が未発達なため、複雑な脈絡(文脈)を理解することができません。
また、知識や経験が大人より少ないです。
そういうこともあり、大人に比べてボケに使う「ひねり」や表現に対して認識できる範囲が狭いです。

その点、下ネタにはよく反応します。
下ネタは、体に起こる異様・異常なことを知覚、もしくは親や先生など大人からタブー視される教育を受けることによって子供は認識するようになります。
例えば、排せつする器官・排せつされたもの・排せつ行為に伴う五感(視覚・聴覚・嗅覚・触覚※味覚はなし)の不快感。それらを人前で言うことは、他者に対して「不快感を思い起こさせる」ので言ってはいけなという教育。こういった経験にもとづいた記憶が子供に構築されます。
また、裸や性的な部位に対しても、通常は衣類を着ている状態が正常で、衣類を着ていない状態が異様・異常。しかも裸であれば、排せつ関わる器官が見えている違和感など子供でも認識はしやすくなります。
特に年齢が上がってくると、男女の体における構造差や機能差も認識されるようになります。
そうしてできあがった記憶をタブー視されていたりしているのにもかかわらず発言することによって、言ってはいけないことを言っている「違和感」を子供は知覚し、下ネタとして反応するというわけです。
子供は、脳機能や思考力が未発達で複雑な脈絡(文脈)を理解することができなくても、知識や経験が大人より少なくても、生理現象にともなう経験だけは物心ついたときから積み重ねていくので理解されやすいのです。

そうした子供時代から大人になるにつれ、複雑な脈絡を理解できる脳機能や思考力が向上したり、知識や経験が身に付くようになり、「ひねり」や表現に対して認識される範囲が広がります。
ただしひねりに対して気づく論理的思考力は、脳機能の能力に影響されるので、頭の回転が速い人と遅い人では認識に差が出ます。
また、知識や経験も個人差が生じます。

やがて、加齢とともに、脳機能の能力が落ちてきます。
お年寄りは知識や経験はありますが記憶力が落ち(※覚えている内容を忘れるのではなく、覚えたことを引き出す能力が落ち)、脳機能の低下によって複雑な脈絡を理解することができなくなります。

子供は脳機能が未発達で、お年寄りは脳機能が低下。
子供もお年寄りも思考力より感覚的な認識力のほうが高く、明るく楽しそうな(動く)人物(仲間)に対しての反応がよくなります。
一方、若者は脳機能がすぐれているので、他者の心理を読み取る能力が高くて警戒心が強く、複雑な脈絡(物事の価値)を冷静に受け止めることができるのでひねりの弱いボケに対して反応が弱くなります。

男女差
男性は、本能的に強さを求めるので、ひ弱に見える人物に対しては嫌悪感を感じる傾向があります。
例えば、細身な芸人、小柄な芸人、子供っぽさを感じる芸風などに対しての反応はよくありません。
ギャグに、強く見える「硬派」で、堅苦しくない「ルーズさ」を芸人に求める傾向があります。
また男性は、本能的に性的な欲求が起こるので、下ネタが好きです。

女性は、赤ちゃんを育てるため、赤ちゃんの細かな反応に対して常に心理状態を合わせようとする本能が強いため、共感性が強いです。
女性は、男性が性的な欲求が起こることを知っているので、下ネタに対して前向き(好意的)な反応を示すと、性的なことに対して受け入れやすい人と思われてしまうので、下ネタに対して警戒心を持っています。そのため下ネタに対しての反応はよくありません。

地域差(国内)
知覚する際には、その人に潜在する価値観(記憶)に左右されます。
個人レベルでは経験や知識(+ 性格)、また、市町村区、都道府県、国、特定の集団(家族、友達、団体)など、特定の場所に属していることで人格に刷り込まれる価値観が存在します。

地域差(国外)
アメリカのお笑いにはツッコミがありません。
なぜなら、ジョーク(ボケ)をするときには、一つのボケのなかに「合理的な構造性(非合理的な構造性)」や「同一性」を入れてボケを構築するからです。

日本のボケの場合は、ボケを作るときに意外性のある発言や行動だけで構成されることが多く理解されづらいので、場合によってはボケをした時点では観客から笑いが起こらなかったりします。
そこで日本ではボケの後にツッコミを入れて「同一性」を作り出して「面白さを後付けする必要」があります。
一方、アメリカではジョークだけで合理的な構造性を作り出して笑いを取るので、面白さを後付けするツッコミを必要としないのです。

また、お笑いコンビ・ダウンタウンの松本さんはアメリカ人には「天丼がウケる」という結論を出しています。
この「天丼」を知らない人のために解説すると、一度した面白いボケ(シチュエーション)を時間が経ってからもう一度同じボケをして笑いを誘う方法です。
最初に行ったボケと時間が経過してから行ったボケが同じ(同一)だと気付くことで面白さが発生する仕組みなので「伝わりやすい」、だからウケるというわけです(※前に使ったボケをもう一度使う「意外性」、もしくはつなげる「合理的構造性」も同時に発生しています)。
日本人もアメリカ人も「同一性」や「合理的構造性」などのように伝わりやすいボケをしないとウケにくいということになります。

もし仮に「意外性」を重視して笑いを取るのなら、コントの金字塔的番組「8時だよ全員集合」などのように共演者に対してムチャクチャなことをしたり、セットにありえないような仕掛けをする「見た目による意外性」で笑いを構成する必要があります。

もちろん海外のおバカ映像が面白いのは「見た目の意外性」だからということになります。
「見た目」なので言語を問わない「意外性」は世界共通の面白さになり、またパントマイム的な「Mr.ビーン」が日本人にも通用するのも納得がいきます。

そもそも日本ってダジャレ文化がありますよね?
商品名とかでも受験シーズンになると、「きっと勝つ(キットカット)※チョコレート菓子」や「ウカール(カール)※スナック菓子」など、たいして面白くはないけど単純明快なお笑いの構造が認識されやすいから、昔から多用されてきたのでしょう。

好意・価値観
何かの対象(人物や物など)に対して好意的であれば、喜びの感情の沸き起こりがあります。
また、物事の価値に対して優劣が人によって違います。
それによって話の基準が人それぞれで違います。
つまり、基準が違えば、どういった話の内容に対して好意や嫌悪感を感じて話をしている内容を好き好むのか?が違います。
そうして自分が面白いと思う基準と話し相手が面白いと思う基準に差が出ます。